SOME STORIES OF
ROMAN BLACKローマンブラックのストーリー

CREATE

「見た人の、何だコレとか、キレイ!!とか驚く顔を、製作中に思い浮かべることはたしかにありますよ」とそのテキスタイルアーティストはいった。芸術作品を作る意図や表現する根拠と、プロダクツの製作目的は違って当然だ。でも、最終的には作者の対岸に他人の顔がある。芸術も作品が売れれば糧を得る。強い陽射しと風の中、観光客用にインディアンジュエリーを売っていたネイティブアメリカンのおばさん。「ナバホは英語よ。私たちの言葉ではディネ」といわれた。正確にはディネはアパッチなどアサバスカ族もそう総称するから、白人は彼らを区別するためナバホと呼ぶことにしたのだ。ディネといわれた瞬間に、お土産のターコイズの色が、何か深みを帯びたような気がした。お金と先祖から受け継いだ伝統の狭間。何のために、誰のために表現し作るのか。HYODのORIGIN WORKSに並ぶミシン。電動だが、それぞれクラフトマン独自のセッティングがある。仕上げる製品と品質レベルは同じでも、作る人間が違う。厳密にはここで作られるレザーは1着1着異なることになる。芸術ではなくプロダクツ。そのレザーウエアを着て走る人がいる。その顔は?笑顔も真顔もあるだろう。そしてその日を、どんな気持ちで走り終えるのだろう。

INSPIRE

そびえ立つ岩壁のピークが赤に近いオレンジに染まり始めた。夜明けの始まりだ。下界はまだ影の中。空気は冷たく、ウェザーチャンネルが「今日は暖かいよー。最高の日になる!」と言っていたのが信じられない。渓谷の底の、川に沿った道が照らされるのは、まだ1時間ぐらい先。モーテルのフリーコーヒーを流し込む。今日は長い日になる。だから……。朝食は次か、その次の街で。その頃になればカフェが開くだろう。それまで、空腹のまま冷えた路面を走るしかない。レザージャケットのファスナーを上げる。気持ちは引き締まる。ふ~っと一息。もう1度岩壁を見上げる。空が深い紫と青から、少し明るさを増してきた。この風景を再び見ることはあるんだろうか。このときのことは、たぶん忘れない。思い出して友人や家族に話すかもしれない。こんな旅を何度もやってきた。同じ朝はないし、同じ風景もない。だからといって取り立てて特別なわけでもない。気持ちも空気も澄んだ朝もあれば、重く冷たい雨の朝もある。このバイクやレザージャケットとは、長い付き合いになる。OK、とりあえず1時間先まで。

ROAD

道は生き物だといった人がいる。路上にいて、峠から見下ろす美しい曲線の繋がりや、地平線に消える直線上にいると、人間が作り上げた物なのに、生命を感じてくることがある。そして地図では2次元でも、最新のドローンカメラで高度や角度を様々に変えて撮影された道は、見事な立体感と色彩で迫ってくる。本当に何と美しい物を作ったのか。本来は人間が生きるための、自然を切り開いて作った物。プロダクツのような造形美を狙った物でもない。どこまで続いているのかは、理屈ではわかっているのに、走っても走ってもたどりつかないと感じたりもする。道は人々に何を与えるのか。島々を橋で渡り、最後に海で終わる道、砂漠の拡大で途切れ途切れになり、大自然に飲み込まれ消える道、家々の軒先をかすめて庭先で止められる道、雲海の上も下も行き来できる道……。「行けばわかるよ」と地元の老人にいわれ、進んだ先で出会った予期せぬ光景に圧倒されたこともあった。いろいろな事情を考えて、長い時間をかけて、せっかく作ってくれたのだから、ありがたく走ろう。人々の希望とか、夢をはこぶ道。その続きはいくらでもあるのだから。

MARKER

これじゃ、どこを走っていても同じじゃないか。大陸を何日も何日も走っていると、そんな思いになることがある。自分とバイクの小さな空間が60~70mphで移動しているに過ぎない。距離を示すマイルマーカーの数字が変化するだけ。現地の言葉、匂い、社会は小さなバリアに閉ざされ、母国で走っているのと同じ空間じゃないか。道路標識が現実に引き戻してくれる。初めての町。ガソリンを入れよう、そしてコーヒーでも。ランプウェイでスピードが落ちて来ると、エンジンや風の音に交じって、そこに住む人々の営みが聞こえ、匂ってくる。風景がリアルに色彩と光を放つ。ここは通過点。今日の目的地はもっと遠い。そこが憧れの地かといえば、そうでもない。最終目的地は遥か先。地図でしか知らない。ランズエンド? そうなのかもしれない。日本の岬も峠もやっぱり、初めてのときはそんな感じだった。何度か訪れると、その度印象が変わる。天気や時間が違うから?いえいえ、イチバン変わったのは自分。だから毎回新しい。

WIND

エンジンを止めると、草を揺らす風がかなり強かったことを知った。走っている間には気付かなかった。一直線に伸びる道は空があまりに大きいから、頼りないほど細く見える。その先に街がある。人々がいる。西アフリカに吹く貿易風ハルマッタン、地中海の冷たいミストラル、南カリフォルニアの暖かいサンタアナ、ハワイの暴風コナ……日本だとさしずめ、赤城おろし(上州空っ風)か。世界中で名前が付く風の多くは、強く凶暴で、バイクには辛い。直線なのに倒れないように少しバンクさせたり、レーストラックのようにフューエルタンクに胸を押し付けていないと耐えられないこともある。でも、無名の心地良い風は、季節や自然の匂いや息吹を運んできて、深呼吸しなくたって、その一瞬で心に入り込んでくる。そんなとき、自分のレザーウエアが自然の恵みから生まれたことに感謝する。祖先たちが風や岩や砂や外敵から守るために、この素材を生み出したのだから。止まればファスナーをつい降ろしたくなる暖かいときも、刺さるように冷たい風のときも、身体の皮膚のほんの少し外側で風を受けてくれている。